御朱印めぐり(51) ≪日光≫ [御朱印 関東]
≪日光≫
世界遺産 東照宮 輪王寺 二荒山神社
栃木県日光市山内2301
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日光東照宮 徳川家康公墓所
東照宮陽明門
東照宮 御朱印
東照宮 本地堂(薬師堂)
日光東照宮は栃木県日光市にある神社。江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現を祀る。日本全国の東照宮の総本社的存在である。正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」であるが、他の東照宮との区別のために、「日光東照宮」と呼ばれることが多い。
輪王寺
輪王寺 本堂
輪王寺 御朱印
輪王寺 大猷院 三代将軍徳川家光公墓所
輪王寺 大猷院 御朱印
輪王寺 常行堂 御朱印
輪王寺(りんのうじ)は、栃木県日光市にある寺院で、天台宗の門跡寺院である。創建は奈良時代にさかのぼり、近世には徳川家の庇護を受けて繁栄を極めた。明治初年の神仏分離令によって寺院と神社が分離されてからは、東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称されているが、近世まではこれらを総称して「日光山」と呼ばれていた。「輪王寺」は日光山中にある寺院群の総称でもあり、堂塔は、広範囲に散在している。国宝、重要文化財など多数の文化財を所有し、徳川家光をまつった大猷院霊廟や本堂である三仏堂などの古建築も多い。境内は、東照宮、二荒山神社の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。
二荒山神社
日光二荒山神社 御朱印
日光本宮神社 御朱印
日光瀧尾神社 御朱印
本宮神社・瀧尾神社の御朱印も二荒山神社で頂戴できます。
日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)は栃木県日光市にある神社。下野国一宮。正式名称は二荒山神社であるが、宇都宮市の二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)との区別のために鎮座地を冠して日光二荒山神社と呼ばれる。日光の3つの山の神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命)を総称して二荒山大神と称し、主祭神としている。3つの山とは、男体山(二荒山、2486メートル)、女峯山(2464メートル)、太郎山(2368メートル)の三山である。
二荒山(ふたらさん)の名は、諸説あるが観音菩薩が住むとされる補陀洛山(ふだらくさん)が訛ったものといわれ、後に弘法大師空海がこの地を訪れた際に「二荒」を「にこう」と読み、「日光」の字を当てこの地の名前にしたといわれる。空海はその訪れた際に女峯山の神を祀る滝尾神社を建てたという。また、円仁も日光を訪れたとされ、その際に現在輪王寺の本堂となっている三仏堂を建てたといい、この時に日光は天台宗となったという。その後、二荒山の神を本宮神社から少し離れた地に移して社殿を建て、本宮神社には新たに御子神である太郎山の神を祀った。「日光三所」はこのとき新たに建てた現在の本社と本宮神社、そして滝尾神社を指す。
大谷観音(大谷寺)
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大谷寺 御朱印
大谷寺は、栃木県宇都宮市にある天台宗の寺院。山号は天開山。院号は千手院。本尊は千手観音で、坂東三十三箇所第19番札所。国の特別史跡及び重要文化財に指定されている「大谷磨崖仏」の所有者となっている。
御朱印めぐり(50) ≪身延山 久遠寺≫ [御朱印 関東]
≪身延山 久遠寺≫ 日蓮宗総本山
山梨県南巨摩郡身延町身延3567
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久遠寺 本堂
間口32メートル、奥行51メートル。一度に2,500人の法要を奉行できる。
久遠寺 祖師堂
日蓮聖人の神霊を祀る堂閣。「棲神閣」と称する。
明治14年、江戸にあった寺院のお堂を移築再建した。
久遠寺 仏殿
日蓮上人 御真骨堂 拝殿
堂内には日蓮聖人の御真骨を奉安する。
久遠寺 客殿
久遠寺 客殿 内庭
久遠寺 五重塔
久遠寺 御朱印
文永11年(1274年)、甲斐国波木井郷の地頭南部六郎実長が佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招き西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦・広宣流布及び弟子信徒の教化育成、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安穏を祈念した。
弘安4年(1281年)に十間四面の大坊が整備され、日蓮によって「妙法華院身延山久遠寺」と名付けられたという。日蓮は弘安5年(1282年)9月に湯治療養のため常陸(加倉井)の温泉と小湊の両親の墓参りに向かうため久遠寺を下山し、途中、信徒であった武蔵国の池上宗仲邸(現在の東京都大田区本行寺)に滞在して六人の弟子を決め「六老僧」同地で死去(弘安五年十月十三日)し、日蓮の遺言「いづくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」に従い遺骨は身延山に祀られた。足かけ九か年の生活であった。
日蓮の身延山での生活は日蓮遺文に記されており、「人は無きときは四十人、ある時は六十人」とあるようにこのような人数で生活をしていたと考えられている。各地の信徒より生活必需品が多く届けられ、日蓮はこの身延山をインドの霊鷲山を移した山であると示し信仰の山として位置づけている。身延山での生活で遺文の三分の二が執筆されており、日蓮真筆の曼荼羅もほとんどがここ身延山で手がけられている。身延山は日蓮教団における唯一の聖地であると位置づけられており、日蓮の遺骨は歴代の法主(住職)により日蓮の遺言通り今日まで護られている。
久遠寺ホームページ
御朱印めぐり(45) ≪関東の御利益スポット≫ [御朱印 関東]
ちょっと旅する御利益スポット
1.成田山新勝寺 『開運』『厄除け』・・護摩祈祷の寺
新勝寺山門
新勝寺本堂
新勝寺三重塔
新勝寺御朱印
新勝寺平成大塔
大塔御朱印
成田山新勝寺 千葉県成田市成田1
JR/京成成田駅から徒歩10分
成田山新勝寺は、千葉県成田市にあり、真言宗智山派の大本山のひとつである。本尊は不動明王。関東地方では有数の参詣人を集める著名寺院で、厄除け、家内安全、などの祈祷のために訪れる人も多い。不動明王信仰の寺院のひとつであり「成田不動」と呼ばれる。
田山新勝寺は平将門の乱平定のため、寛朝大僧正を関東へ遣わしたことに起源を持つ。寛朝は高雄山神護寺護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて上総国に上陸。乱平定の後に現在の場所に寺を建立した。「また新たに勝つ」という語句に因み新勝寺と名づけられ、東国鎮護の寺院となった。
江戸時代に、たびたび成田不動の「出開帳」が行われた。江戸時代を通じて12回の出開帳が行われた記録がある。歌舞伎役者の市川団十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣が盛んとなる。
2.鹿島神宮 『勝運』『学問・技芸』
鹿島神宮鳥居
鹿島神宮楼門
鹿島神宮社殿
要石・・・地震を起こす地底の大鯰の頭を押さえている
鹿島神宮御朱印
鹿島神宮 茨城県鹿嶋市宮中2306-1
JR鹿島神宮駅から徒歩5分
鹿島神宮は茨城県鹿嶋市にあり、日本全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。香取神宮、息栖神社と合わせて東国三社と呼ばれています。武甕槌神を祭神とし、香取神宮に祀られている経津主神とともに武芸の神とされていることから、武芸の道場には「鹿島大明神」「香取大明神」と書かれた2軸の掛軸が対になって掲げられていることが多い。
http://www.bokuden.or.jp/~kashimaj/
3.香取神宮 『勝運』『学問・技芸』
香取神宮鳥居
香取神宮楼門
香取神宮社殿
香取神宮御朱印
香取神宮 千葉県香取市香取1697−1
JR成田線佐原駅から関鉄観光バス香取神宮行きで15分、終点下車、徒歩5分
香取神宮は千葉県香取市にあり日本全国に約400社ある香取神社の総本社である。
鹿島神宮と共に蝦夷に対する大和朝廷の前線基地であり重要視されていた。「神宮」の称号で呼ばれていたのは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけであった
http://www.katori-jingu.or.jp/
4.笠間稲荷神社 『商売繁盛』『五穀豊穣』
笠間稲荷神社楼門
笠間稲荷神社社殿
社殿裏彫刻・・・重要文化財
笠間稲荷神社御朱印
笠間稲荷神社 茨城県笠間市笠間1
JR常磐線友部駅→JR水戸線笠間駅下車、徒歩約20分
笠間稲荷神社は茨城県笠間市にあり祭神は宇迦之御魂命である。五穀豊穣、商売繁盛の神として信仰され、日本各地から参拝客が訪れる。別名紋三郎稲荷。日本三大稲荷の一つとされている。(伏見稲荷大社・豊川稲荷妙厳寺)
5.大前神社 『商売繁盛』『金運招福』
恵比寿、大黒を祀った目出度い神社
大前神社社殿
大前神社社殿彫刻
大前神社 ”日本一恵比寿”像 金運
大前神社御朱印
大前神社 栃木県真岡市東郷937